皆さま、こんばんは。
また大学時代のことに戻ります。
フタミ先生と再会した後、嘘までついて、ヤマハの研修を送らせ(もう時効ですよね^_^;)、無事編入試験を受けることが出来ました。声楽科に3年時編入したのは多分40名くらいはいたような気がします。短大の声楽科からが一番多いですが、その他私のいた音楽専攻や短大の専攻科から、他大学から、編入浪人の方まで様々な方がいました。
試験当日、まあ難なく歌うことが出来、無事合格できました。が、その後3年生から特別研究という授業がありそのオーディションが1週間後に迫っていました。それを知ったのも入試のわずか数日前で、編入試験に合格しなければ受験資格もないわけで、受けるなんて考えもしていませんでした。ところが、先生が受けた方がいいというのです。曲さえ用意していないのにです。編入試験の伴奏者は学校で用意してくれましたが、学内のテストに関しては自分で用意しなければなりません。慌てふためいて同じ短大のお友だちにお願いしたのですが、お願いした私が悪かったですね。
そもそも伴奏の大切さを全く理解していなかったのです。伴奏と書くと歌が前に出ている感じがしますが、声楽の場合ピアニストと呼んだ方がいいでしょう。まぁ、学生ですから伴奏でいいのでしょうが、経験のある人にお願いするのが無難なのに、全く経験のないピアノ科でもないお友だちに頼んだのですから、今思えば本当にいい加減だったと思います。
その特別研究にはクラスが2つあり、それぞれ20名ずつくらいだったでしょうか。Aクラスが特別研究、Bクラスは歌曲伴奏研究法があり、トップ20名がAクラスです。
私も何とか選曲し編入試験合格発表当日に申し込みました。でもそんな準備の仕方ですから、今でも笑い話ですが、3曲のうち1曲は編入試験で歌った曲なので何とかクリア。ところが後の2曲とも歌詞を忘れてしまったのです。有節歌曲と言って同じメロディーで1番2番と歌詞を繰り返すもので、2番の途中から忘れてしまい「あ~」で歌ったのです。今でもその光景はフラッシュバックしますよ。先生方5名くらいはいたのでしょうか。全員が一斉に顔を上げました。でもそこで止めるわけにはいかないので、歌いきりました。声楽的に格好良く言うとヴォカリーゼですね。あの勇気というか度胸はどこから来たんでしょうね。臆することなく歌った自分に拍手してあげたいですよ。
それで発表です。何とあんな歌だったのにBクラスの歌曲伴奏研究法に入れたのです。編入組からAクラスに1人Bクラスに2人でした。
そこからですね、私の歌人生が始まったのは。
今日はこの辺で・・・つづく

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